体験者インタビュー集

 

 vol.20:

       大野佳祐さん /  1979年生まれ

2024年4月にことばが生まれる場所」を体験


 

ー「ことばが生まれる場所」にご参加いただいてから、約9ヶ月になります。まずは当時の大野さんの状況やご利用の背景についてのお話をお伺いできればと思います。

 

 

まずあわ居に伺った背景としては、岡野春樹さん(*1)からのプレゼントだったんです。なので、自分自身としては日常生活に何か困りごとがあるとか、それについて相談をしたかったわけではなかった。僕自身は当時、岡野春樹さんと仕事などもご一緒するようになって、彼のあり方がすごく良いなぁと思っていたんです。僕が海士町(*2)に移住した十年前は、土地に根差すことをわりと求められるところがあったと思います。もちろん直接そういうふうに言われることはないんだけれど、「いつまで住むんだ?」とか「五年住まない人間に発言権はない」というような……移住してそこに長く住んでいる人が素晴らしいとか、本当にしっかりと関わりたいならちゃんと住むべきだというような空気を、海士町に十年住みながら感じていました。でも岡野春樹さんの在り方は、郡上という場所に家族で住みながら、その場所に根差した形での事業を展開しているんだけれど、一方で日本各地の意志ある人たちとも仕事をしていて、郡上での活動で得た知見を全国に広げていくというような、そういう要素を含んだあり方だなぁと思っています。

 

僕はそういう彼の在り方を「地方創生2.0」というふうに呼んでいるんですが、そんな彼の在り方に学びながら、これまでの海士町での十年間とは少し違う在り方や仕事のやり方をつくっていきたいということを考えていたんです。それで彼がフィールドにしている郡上にも一度行ってみたいと常々思っているところに、たまたま名古屋で仕事ができたから、これは郡上に行こうということになり、岡野春樹さんに相談したところ、泊まるのであれば、「あわ居に是非泊まってほしい」ということを言われたんです。なので、正直、あわ居がどういう場所なのかを知らないままに、伺ったという部分が大きかったですね。

 

 

ーなるほど。たしかにかなりフラットな感じでチェックインしていただいたことをよく覚えています。あわ居での時間のなかで、特に印象的だった時間やエピソードなどはありますか?

 

 

まずは最初あわ居本棟に入った時に、目に飛び込んできた場所が、一体何なのかがわかんなかったですね(笑)。そこで食事をしたわけだがらダイニングではあるんだけれど、なんだか廊下にも見えたし、玄関にも見えて、この空間は一体何なんだろうと。まずはそういう驚きがありました。面白いつくりだなぁと。それでチェックインをして、雑談をし、対話や食事に移行していった……食事がおいしかったことはよく覚えていますし、日常よりも何度も嚙みながら食べたなぁと。あとは、岩瀬さんの二人の娘さんが、寝る前にパジャマで登場して、「おやすみなさい」と言いながら二階に上がっていったシーンもよく覚えていますね。あのシーン、僕はすごく好きだった。「何なんだろうな、これは」と(笑)。お客さんとして来ているんだけど、岩瀬家の日常にも入り込んでいる感じがあり、でもちゃんともてなしは受けているよなぁという……「おやすみなさい」と言う娘さん二人を見ていると、どこか親戚のおじさんになったような感覚もあって。「歯磨きしたの?」って聞きそうになるみたいな(笑)。

 

 

ー日常性を僕らが隠しきれていない部分があるなかで、少し変な感覚というか、奇妙な在り方になっていたところがあったということでしょうか。お客さんであることは確かなんだけど、でもいわゆるお客さんではなかったみたいな。

 

 

そうそうそう。もちろんお客さんとして居たことはたしかなんです。料理を振る舞ってもらって、お話もすごくしたわけで、確かにそこでは非日常的な感覚が生じていた……でもふと目の前に、日常性が現れて……それがすごく良いシーンだったなぁと。緊張と緩和みたいなものもあったかもしれないですね。別にかっこつけていたわけではないし、肩肘張っていただけでもないけれど、クスッと笑えた瞬間だった。

 

 

ーなるほど(笑)。それに関連する部分なのかはわかりませんが、初日の夜はなかなか対話が深まり切らないところがありましたよね。場に硬い雰囲気がどことなくあって、潜り切れない感じがあったといいますか。

 

 

そうですね。なかなか本質に迫れないというか……もともとプレゼントされた機会だったということもあって、深めたい問いがなかった、あるいはそれが明確でなかったということなのかもしれません。

 

 

ーそれで翌日の朝になって、土間に置いてあった書籍『ことばの途上』(*3)を読んだということを大野さんからお伝えいただいて。気になったページなども共有してくださいましたよね。そこから現在進めようとしているプロジェクトの話なども出てきて、ぐっと対話が深まっていったように覚えています。

 

 

そうですね。『ことばの途上』は論考的なものもあれば、エッセイ的なものもあり、一方で詩的なものもあったりして、「こういう表現って良いなぁ」って思ったんですよ。普通は詩であれば詩集にしなければいけないとか、エッセイであればエッセイ集にすべきとか、そういう思い込みがあると思うのですが、そういうものから解放されている感じがしたんです。その解放感とか、開き直っている感じが心地よかったんだと思います。そんな感想を共有しつつ、次第に自分が海士町でこれから進めようと思っている海底の美術館のプロジェクトにも話が移っていったのだと思います。

 

その話題について対話をするなかで面白かったのは、美佳子さんが「美術館っていう名前じゃない方が良いかもしれないですね」っていう話をされたことですね。「たしかにそうだな」と思ったことをよく覚えています。自然を感じてほしいってなった時に、それを美術として提示してしまうと、見る側の心持ちも歪んでしまうのではないかと……そこで、美術とは何か、芸術とは何かというようなテーマを持ち帰らせてもらった感じは一つあります。それであれ以来、そのプロジェクトは前に進めなくなっちゃったんですよね(笑)

 

 

ーえー(笑)。そうなんですか……。

 

 

そうなんですよ。僕はけっこう猪突猛進タイプなので、「進めるぞ」ってなれば、わりと進むタイプなんです……ただ、今は周りからも「他のプロジェクトは前に進んでいるのに、すごく熱量を込めてやりたいと言っていた海のプロジェクトだけ中空に浮いたままですね」みたいな印象をもたれていて(笑)。それはまさにそうだよなぁと。そして心の中には、あの時の「美術館ではないんじゃないか」っていう言葉が今でもありますね。

 

 

ーそうなんですか……あの時の印象としては、あとはもう手を動かすだけというか……かなり具体的にプロジェクトについての構想が練られていた記憶があります。

 

 

そうなんですよね。当時の構想にもあった、海藻を植えていって藻場を再生すること自体は進んでいるんです。僕は当初それをアート作品に見立てた形で出来ないかなぁと思っていたわけですが、そっちは止まっちゃったって感じですね。でも、止まるっていうと、あまりよくないことのように感じてしまうんですけど、僕としてはそういうふうには捉えていないんです。時期が追いついていないとか、タイミングが今じゃないんじゃないかとか……いつかまたすごく熱量が湧いてくる時が来るのではないかという予感がしているんです。積極的に寝かせているという感じでもなく、でも時が来れば動くんじゃないかなぁと、そういう感覚があるのかもしれないですね。あわ居は〈異〉と出遭う場所ということですが、自分にとっての〈異〉はなんだったのかなぁと思うと、保留するとか、立ち止まるとか……そういう〈異〉との出遭いがあったかもしれないなぁと思いますね。その〈異〉はすぐに実感することはなかったですけど、あわ居のガイドブックを読みながら、そこなのかなぁと。

 

 

ーなるほど。自分の経験則でしかないですが、やりたいという気持ちがあるのに、一旦保留するとか、立ち止まるって、わりとストレスもあるのではないかと思います。わからない状態をホールドするということなので。

 

 

そうですね。だから手放しつつも、時々思い出すわけですね。「あのプロジェクト、どうしようかなぁ」って。でも「まぁ、いっか」っていう部分が今はあるから、そんなにストレスというわけでもないかなぁとは思います。僕は白か黒かはっきりさせたいところが強いから、前に進むのか、進まないのか、いつもは、わりとはっきりさせたいわけですね。やめるならやめるでやめたいし、やるならやるで、はやくやりたいっていうのが基本のスタンス。だから、この感覚や状態自体が、僕にとってはかなり珍しいものですよね。それはそのプロジェクトを大事にしたいから、というわけでもないのかなぁとは思うんですが。たまたまそうなっちゃっているっていうだけなのかなぁ……面白いですよね。

 

あとは、今の話にも関連しますが、もう一つ対話の中で印象に残っていることで、美佳子さんの雪の話がありますね。昔、美佳子さんが学生だったころに、どうしても作品制作がすすまない中で、東京の街に雪が降ってきて、一面が真っ白になり、「これだ!」と思ったという、あのエピソード(*4)。それを聞きながら、それくらいのレベルのことが起きたりしないと、美術とか芸術の領域にはいけないのではないかと、そういうことを思った部分もあったのかもしれない。たぶん関わり続けたり、もがき続けたりしないと、そういう出来事が起きるところまでいけないっていう……だから自分にも時間が必要なのかもしれないなぁということを、どこかで思っているのかもしれないです。

 

 

ーなるほど……仕事とかプロジェクトにはいろんな進め方がありえるわけですが、今寝かしているプロジェクトというのは、これまでの大野さんの仕事の進め方を適用している限り、良いものにならないという、そういう感覚もあったりするのでしょうか。

 

 

そうですね、それは絶対そうだと思います。そうでなければ、こんなに寝かせる必要はないですもん。期日を決めて、「ここまでにやるぞ」って決めたら、必ずそれまでにやるというやり方が僕の基本なので。だから、そういうやり方からはずれて、こうやって待ってみることの中で生じるものがあるとすれば、それは何なんだろうと、そこに興味が向いている感じはありますね。

 

 

ーそういえば、大野さんご自身が何年か前に、これまでの仕事のやり方とか社員さんとのかかわり方に対して少し行き詰りを感じて、そこから海に行き始めたんだという話も、あの時しましたよね。今のお話は、それとも関係があったりするのでしょうか。

 

 

もしかしたら、関係があるかもしれないですね。自然のものに触れていく時って、お互いの波長が合うとか、お互いのバイブスが共振するみたいなことがある気がしています。だから「僕がこうしたい」って思って、そこから自然に関わってしまうのは、なんか違うんじゃないかと。さっきの美佳子さんの話で言えば、さんざん悩んで迷った挙句、「どうしよう……」って思っている時に、はじめて自然が見せてくれるものがあったわけですよね。だから、そこを焦らないようにした方が良さそうだなと。そしてそこにはおっしゃるように、自分自身が海に行き始めてから変わってきたという部分との関連があるのかもしれないです。

 

 

ー能動しすぎない感じというのか……。

 

 

そうそうそう、そういう感じ。例えば今の教育だと主体的であることとか、能動的であることが強く求められるじゃないですか。一方で、受動的であることがあまり許容されない感じがあるなぁと思っていて。そしてそれは教育に限らず、社会全体においても言えることなんじゃないかなぁと。能動的であること、主体的であることを、社会が求めてくる。一方の受動性っていうのは、例えば「何か起きるのを待っています」みたいな態度ですよね。例えば企業の採用面接で「私は採用されるのを待っています」なんて言ったら、「いや、積極的に動いてくれよ」って普通は返されますよね(笑)。

 

でも、対自然においては、能動的なだけだと、たぶんうまくいかないことがたくさんあるんだと思う。もちろん狙いを定めてという部分もあるのかもしれないけれど、ある程度こちらが手放すというか。どちらかと言えば静かに、ゆっくりみたいな。そのうえで、波長が合うのを待っているという……でも社会の日常にいると、そういう自然の流れに身を寄せていくことって、スピード感としては難しいなぁと思う。それは海士町にいてもそうです。だから、そこには僕の在り方の問題がある気もしているんですよね。例えば今日も朝から晩まで、全部打ち合わせが入っているんですよ。「あれ?」みたいな(笑)。だから、能動的になりすぎず、でもあきらめないみたいな感覚を大事にし始めているのかもしれないですね。

 

 

ーなるほど、興味深いですね。今ふっと想い出したのですが、そういえばあの時のあわ居の時間の中での大野さんは、わりと受動的な印象だったなぁという気がしています。「結構ゴリゴリなんです」みたいな話をするんだけれど、でも目の前で対話をしている大野さんは、あんまりゴリゴリしていないというか。むしろ力が抜けている印象がありました。先ほど、初日にあまり対話が深まらなかったことに触れましたけど、そういう中でも、無理に場をどうこうしようとする感じが、ほぼなかったですよね。

 

 

それはそうだと思いますね……そうそうそう、今想い出しました。二日目の朝食前の時間に、あわ居の周辺を三、四十分くらい散歩したんですよね。それでちょうどあわ居の裏にある大師堂に登ったんですが、大師堂までの階段の手前にある川に、その時すごく惹かれたんですよね。そこはちょうど川と川が合流しているような場所で。僕はしばらくその川と川が合流している地点を見ていたんです。十分くらい。合流すると、どちらの川から流れてきた水なのか、全然わからなくなるんですよ。それが面白くて。「どういう気持ちで合流しているのかなぁ」って考えたりもした。今こうして話しながら、どういう角度から見ていて、どういうふうに合流していたのかまで、ありありと情景が蘇ってきます……なんていうか、流れるっていうと、能動的な行為であるようにも思えるんですが、その時の僕には、水が運ばれていっているように見えた。そしてその運ばれているものが、たまたま合流するという……その様子が、すごく美しかったんですよね。

 

いつも僕は海を見ているなかで、もちろん海も動いているんですが、それは揺蕩う感じというか、川みたいには決して流れていない。もちろん満ち引きはありつつ、でも一定のところにとどまっている感じがある。だからこそ、川は転がっているというか、運ばれていっているんだなぁということを感じたんですよね。その後に、石徹白小学校の方に歩いていったんです……あぁそうだ、想い出してきた。その最中に、「自分はやっぱり歩いているよなぁ」と思ったわけですよ。川のように流されてはいないわけだから。そのうえで、帰り道にまたその川の合流地点に戻ってきた時に、「いや、待てよ。僕は歩いていると感じているけど、もしかしたらもっと大きなものに動かされている可能性もあるよなぁ」とも思えたんです。そういう少し不思議な気持ちの中で、あわ居にまた戻っていったんですよね。

 

 

ー面白いエピソードですね。「ことばが生まれる場所」に関しては、深めたい問いや、なにかしらの課題意識とか、モヤモヤとか、そういうものがあって参加される方が大半です。でも今回、大野さんはプレゼントされての参加ということ、そういうものはなかった。だからこそ、自分としては「これはどういう場にすれば良いのかなぁ」という迷いを、夜の対話の中でかなり感じていたんです(笑)。でもそれでも場を継続していたら、偶然に『ことばの途上』を見つけてくださったり、あるいは朝食前のそうした川との出会いなんかもあったりして……そこから場が深まっていった。だから逆に言えば、「こういうことを話したい!」っていうのがなかったのに、それでも場を継続していたら、そこに偶発的な要素も絡みつつ、どこからか話したいことが出てきたと、そういうふうに捉えることもできる気がしました。と同時に、それが先ほどの波長とかバイブスの話ともリンクするのかなということを思います。

 

 

面白いですね……波長とかバイブスの話に戻ると、僕としては、人間が自然から離れすぎていると思っている中で、それを美術とか芸術を通して取り戻してほしいという願いを持っているんだと思います。例えば草間彌生のかぼちゃの作品のようなものが海の中に沈められていたら、普段、海に入らないような人でも、海に潜るかもしれないわけですよね。もちろんそこで作品を見るよろこびもあるとは思います。ただ海に潜る時にはカメラとかスマホは持てないなかで、そこで感じる海の冷たさとか、水圧がかかる感じとか、呼吸のブクブクが聴こえることとか……そういうところに、作品を見る以上の価値があるのではないかと思っているところがあります。それがそもそも海底の美術館の着想のところにあるんですよね。

 

 

ー自然とか環境というと、一応は自分の皮膚の外側にあるものとして捉えられるわけですけど、そこに触れることで、その境界が曖昧になったり、あるいは溶解したりとか……その過程で自身の中にある自然、あるいは身体性みたいなものを想いだすというような感じでしょうか……。

 

 

そうですね。みんな外にあるものを「美」だと捉えていると思うんだけれど、本当はそれは内なる部分にあって、そこに気づく時に自然がスイッチを押してくれるんじゃないかっていう期待を僕は持っているんですよね。自分自身が海との時間によって変化できたという感覚があったなかで、現代を生きる多くの人にも、自然と呼吸を合わせていくとか、肌を合わせていく感じ、あるいはそこで感じとれる内なる「美」があれば、自分自身の良い所とか、大事にしたいものが見つかるんじゃないかという期待を、僕は持っているのかもしれない。

 

だから、自分が海との関わりの中で体感したようなことをプロジェクトで仕事で作り出すってなった時に、それを無理やりに手繰り寄せようとすると、それは自然との「共存」になると思うんですよ。でも僕がそこで作り出したい世界は、あの時の大師堂の下の川が合流していた感じで、それは「共在」とか「共に在ること」になると思うんです。異なるものと異なるものがただ一緒に存在しているわけではなく、それらが「共に在ること」でこそ成立するというような……そういうものの方が良いんじゃないかと思っています。

 

たぶん「共存」でも、ビジネスとしては作れると思うんですよ。コンセプトも悪くないし、十分にその価値は伝わると思う。でも何ていうのかな……そこでやったところで、本質的な場になるのかなぁっていうところに、どこか引っ掛かりがあるのかもしれないですね。そこで生まれる自然との時間によって、本当に自分を取り戻していく人がいるのかなぁと。結局、防水のシートを買ってきて、写真撮ってインスタにアップされて、終わりになるんじゃないかなぁみたいな(笑)。そういうインスタントな承認欲求のために使われて終わりになるんじゃないかと。

 

 

ーなるほど。今のお話からは、大野さんご自身の海での体験に基づいた、ゆるぎない価値基準というか、確かな視点が見えるような気もしますね。

 

 

そうですね。たぶんそれは「信頼」だと思うんですよ。自然に対する信頼を僕はたぶん持てているんだと思う。普段は厳しいけれど、本当に困った時には助けてくれるっていう……今でも迷ったり困ったりしたら、海に行くんですよ。なんか呼吸が浅いぞって思った時とか、なんか組織がうまく進まないなぁっていう時とか、ちょっと気がかりなことがある時とか。そこでは別に、海に向かって何かを語りかけるわけでもなく、ただ三、四分くらい深呼吸をして、その時に感じることをただ感じようと。風がすごく強い時もあるし、その風が向かい風の時もあれば、追い風の時もあって。鳥の声が波の音よりも大きく聴こえたりとか。そこではフォーカスする器官や感覚も全部変わるんです。眼だったり、肌だったり、耳だったり、鼻だったり……一度自分の感覚を緩めて、すっと元のポジションに戻ってくるというか、そんな感覚があるんですよね。

 

そういう自然への信頼を、自分自身が海を通して持てたから、みんなも持てるんじゃないかなっていう感覚がどこかにあるんだと思う。あれだけ急いだりしていた自分が持てたわけだから。そして少しおこがましい感じもしますけど、それは現代を生きる人にも求められるものなのではないかと……自然って、普段は面倒くさいし厳しいけれど、でも本当に困ったときは助けてくれるっていう感覚を、昔の人はもっと持っていたのではないかと思うんです。農業やってて、本当に困ったときに雨が降るとか……昔の人はもっと自然と「共在」していたんじゃないかと思うんですよ。だから今よりも自然と人間が不可分だったんじゃないかな。それが段々と切り離されていっちゃって、そこではどうしても自然と人間の「共存」っていう話になるんだけれど。でもそもそも人間だって自然なわけだから、自然と人間を対比させること自体に、僕は不思議な気持ちを抱いてしまう。そういうことを、都市部にいるとどうしても感じづらくなりますよね。雪が降らないことに越したことはないし、風なんか吹かない方が良い、雨だって降らない方が良いみたいな。

 

 

ーそういう面でも、そのプロジェクトには、大野さんの思い入れというか真摯さというか、そういうものも感じますよね。だからこそ、現在の中断状態というか、そういうものを許容できているのかもしれない……。

 

 

なるほど。それは確かにあるのかもしれないですね。

 

 

インタビュー実施日:2025年1月28日

聞き手:岩瀬崇(あわ居)

 

(*1)岡野春樹さんは、あわ居と同じ郡上市を拠点に活動する一般社団法人長良川カンパニーの代表。長良川カンパニーでは、長良川の源流域を遊び、学び、守るプログラムを企画し、実践している。

(*2)海士町は、島根半島から沖合約60Km、日本海に浮かぶ隠岐諸島に位置する小さな島。「超過疎、超少子高齢化、超財政悪化」とも言われる状況に直面しながら、行政と住民が一丸となり、産業創出など地域再構築に取り組んでいる。

(*3)『ことばの途上』はエッセイや詩、評論などによって構成されるあわ居の岩瀬崇の著書。

(*4)エピソードの詳細はあわ居のガイドブック内『あわ居ー〈異〉と出遭う場所ー』の随想「自然の懐」を参照(pp.22-29)。